死にたいとかいうやつ全員噓つき

死にたいとかいうやつ全員噓つき メンタルヘルス

よく死にたいと口にする人がいます。

そういう人に対して、常々私はこんな疑問を抱いています。

どうして、死にたいのに生きているのでしょうか。

正直、死にたいのであれば、死ねばいいと思うんですよ。

別に無理して生きる必要はないし、そこまで人生に価値があるわけでもないでしょう。

どうして自殺しようとしないんですかね。

正直、自殺なんてやろうと思えばいつでもできます。

今すぐにでも。

でも、その人は死にたいと言うだけで、自殺しようとはしません。

まるでオウムのように、ひたすら同じセリフを繰り返すだけです。

あるいは、心の中でそれを念じ続けるだけです。

呪文のように。

 

死にたいのであれば、死ねばいいじゃないかとつくづく思います。

だってそうじゃないですか。

めちゃくちゃお腹がすいているのに食事を我慢している人がいたら、疑問に思いませんか。

眠いのに頑張って起きようとしている人がいたら、どうしてって思いませんかね。

やりたいことがあるのにそれを我慢しているのなら、なんでそんなことをするんだってなりますよ。

こんなものは極めて当たり前の疑問です。

 

人は、本当にやりたいことは自然にやります。

食事や睡眠をする際に、よし今からこれをやるぞといちいち覚悟を決める人はいません。

当たり前にやりますし、それについてあれこれ考えるようなことはしません。

とてつもなくお腹がすいているときに、食べるかどうかで迷うことはありません。

ものすごく眠いときに、寝るかどうかで迷うなんてあり得ないわけです。

本当にやりたいことは、当たり前にやるんです。

本当に死にたいと思っているのであれば、当たり前に自殺するはずです。

迷うこともないし、人に迷惑がかかるとか、親が悲しむとか、そんな余計なことを考えることもしません。

本気で死にたいと思ったことがある人は、当然既に死んでいるはずです。

その人にとって死ぬことは、それこそ食事や睡眠、排泄と同じです。

本気で死にたいと思っているのだとしたら、なぜあなたは生きているのでしょうか。

人は自分がやりたいほうを選ぶ

例えば、ダイエットしているからという理由で食事を我慢している人がいたとします。

その人にとって、ダイエットすることは食事をすること以上に優先度が高く、やりたいことだと言えます。

でも、お腹が空きすぎて我慢できなくなったら、食事をするでしょう。

その時、その人にとって食事はダイエット以上にやりたいことであるといえるでしょう。

自分がよりやりたいと感じた方を選びます。

睡眠はどうでしょうか。

明日大事な試験があるから、徹夜をしなければならないという場面を想定します。

その人にとっては、寝ることより勉強することの方が大事です。

そして、頑張って起きようとするけど、どこかで限界が来て寝てしまうかもしれません。

これも同じことです。

寝るか起きるか、その時自分がやりたいと感じた方を選択しています。

生きるか死ぬか、あなたが選んだのはどちらですか。

あなたが実際にしたことは何ですか。

 

死のうと思えばいつでも死ねます。

今すぐにでも、自殺することができます。

自殺という選択は常に自分の前にあり、いつでもそれを選ぶことができるんです。

にもかかわらず、あなたは生きるという選択をします。

死にたい死にたいと念仏を唱えながら、明日も明後日も生きるという選択をし続けることでしょう。

人は常に自分がよりやりたいと思った方を選んでいることを考えたら、生きるという選択を、生きたいからこそ選んだのです。

死ぬことと生きること、本当に望んでいるのはどちらかよくよく考えてみましょう。

本当にやりたくないことは、絶対にやらないはず

少しばかり、私の話をしたいと思います。

私は普通にサラリーマンをしているんですけども、心の中では働きたくないと思っています。

本当は働きたくないけれど、生活するために仕方なく働いている。

別に仕事が楽しいとか、やりがいがあるとか、そんなポジティブな理由はありません。

あくまで、消極的な理由で働いています。

 

本当は働きたくないと思っていました。

しかし、本当に働きたくないのでしょうか。

もし私が本気で働きたくないと思っているのだとしたら、絶対に働くわけがないと思うんですよね。

なにがなんでも働かないようにしているはずです。

なぜなら、人は本気でやりたくないと思うことは絶対にやらない生き物だからです

例えば、お金をやるから人を殺してくれと頼まれても絶対にやらないでしょう。

例えいくらお金を積まれようと、断固拒否しますよね。

人殺しなんて、絶対にやりたくないと思っているから。

もし働くことが絶対にやりたくないことなら、大金を積まれようと、四肢をもがれようと、絶対に働かないようにします。

 

しかし、現に自分は働いている。

それはつまり、働きたくないと言いつつも、心の底では別に働いてもいいと思っているということです。

会社を辞めるなんて、上司に一言辞めますと言えばいいだけなので簡単です。

辞めたくなったら、自然にそうすると思います。

朝起きて、辞めるか働くかの2択の内、働く方を選んだのは、辞めるよりは働く方がましだと思ったからです。

働きたいと思ったからこそ、そういう選択をしたわけです。

もちろんそれは、ポジティブな理由からではないです。

あくまでネガティブな理由で、働くことを望んだということになります。

恐らく、明日も明後日も、来週も来月もそれは変わらないでしょう。

自分が働くという選択をし続ける限り、働くことを望み続けることを意味します。

会社を辞めるその時までずっと。

 

例えば、勉強が嫌いな子供がいるとします。

その子は親に言われて、仕方なく塾に行って勉強をします。

本当はやりたくもないのに、叱られるのが嫌だから勉強をすると。

でも、もしその子が本当に勉強をしたくないのなら、だれに何と言われようと絶対にしないはずです。

そのはずなのに、勉強をしているということは、少なからず勉強してもいいと思っていることになります。

そしてその行動は、親に叱られるくらいなら勉強した方がいいと思っていることを意味します。

勉強するという選択をしたということは、勉強することを望んだことになりますね。

行動は意志の表れです。

あなたが今生きているということは、それを望んだことを意味します。

ただ、自分が死にたいと思っていると、思い込んでいるだけです。

もし本当に何が何でも生きていくのが嫌なのだとしたら、すでに死んでいるはずです。

だれに何と言われようと自殺すると思います。

それをしないということは、生きてもいいと思っているということ。

生きていても何も楽しくない、空虚で、無価値で、孤独な、荒涼とした砂漠のような人生を生きてもいいと思っていると。

それでも生きたいと思っていると。

あなたの行動が、あなたの本心を表しています。

私は別に、どんなにつまらない人生でも生きようなんてことは言いません。

死にたければ死ねばいいと思います。

他ならぬあなた自身が、こんなつまらない人生を生きてもいいと思っているんです。

あなたが今死んでないというのは、そういうことです。

あなたが今やっていることが、あなたが一番やりたいと思ったこと

今この文章を読んでいるあなたに質問です。

どうしてこの文章を読もうと思ったのでしょうか?

今のあなたには無数の選択肢があります。

テレビを見る、youtubeで動画を見る、他のサイトを見る、本を読む、勉強をする、外に出かける、食事をする、寝る、…。

あなたが今できることは無数にあります。

そのあらゆる選択肢の中から、あなたはこの文章を読むという選択をしています。

一体どうしてそんなことをしようと思ったのですか?

理由は単純。

それをしたいと思ったからです。

この文章を読みたいと思ったからです。

他のどんなことをするよりも、この文章を読みたいと思ったのです。

この文章を読むことが、今一番ホットで激熱で、何が何でもやりたいことなんです。

あなたが今やっていることが、あなたが今一番やりたいことなんです

行動は意志の表れです

自分が今までやってきたことすべてが、その時一番やりたいと思ったことなのです。

昨日やったことは、昨日自分が一番やりたいと思ったことで、その前の日も、さらに前の日も、その日に一番やりたかったことをやっています。

もちろん後から後悔することもあるでしょう。

それでも、その瞬間一番やりたいことをやったという事実に変わりはありません。

人生のどの瞬間を切り取っても、これは同じです。

理由がポジティブであろうと、ネガティブであろうと、何事においてもそうです。

人生なんて結局、その時やりたいと思ったことをただひたすらやっているだけでしかないということです

 

だから私は思うわけです。

死にたいなんて嘘じゃないかと。

そんなことを言うやつは噓つきなんじゃないかと。

だって、いま生きているということは、「生きる」ということを一番やりたいと思ったから。

生きたいと思ってるのに、死にたいなんて言うなら、それは嘘ですよ。

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